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seitenhyohyoを漢字五文字で表すと…【 死 亡 説 流 布 】 http://shindanmaker.com/50073 ナデシコの頃から言われてるなー。干されて死んだとか業界抹殺されたとか(笑)

TVのナデシコの頃は「続編見たい」という人は皆無で、むしろ「こんなアニメは許されない!」「佐藤は魂を売った!」という声の方が多かったですよ。エヴァの後だしね。エヴァで乗り越えたモノをナデシコは台無しにした、という事を言われたものさ。

当時だとガイナのような仕切りじゃないとメディアミックスのゴリ押しの作品は「メーカー主導」「現場はやらされているだけ」というイメージが強くてナデシコはTV当初は現場のウケも悪かったですよ。スケジュール悪い上に今までと違うシロモノだし。

よくナデシコをエヴァの延長で作られたモノという人がいるけど、実際はエヴァで増えて切り捨てられたライトなアニメファン達の受け皿として企画されたもの。「庵野はああ言うけど可哀想じゃねえか、折角アニメが好きになったのに」大月さんのバランス感覚はタヌキで絶妙で優しかった。悪党だけど(笑)

TV当時は女性スタッフや関係者から「女性を蔑ろにしている」と、ヒロインを初めとした女性キャラに対しての不満が多かった。確かにね、ああいうホンの内容で型どおりのキャラ造形をしたらいけなかったんだ。でも、当時はキャラ描写はどうしても紋切り型に成らざるを得なかった。

大月さんが悪党というのは、庵野さんに対して「その気持ちをアニメファンにぶつけろ、それがアンタの誠実だ」と言っている一方でオレにナデシコの企画を振るという、矛盾していながらも全体としては、バランスが取れている采配ぶり。金儲けを度外視したトコロに最終的な利益を求める人だった。

ちなみに大月さんは完成したナデシコ1話の白箱をわざわざ庵野さんのところに持って行って見せたという。「あいつ、すごい嫌な顔してたよ。それぐらいイイ出来だということだよ」涼しく笑う大月さんだったがオレは蒼ざめた(笑)

そうそう、女性キャラの紋切り型について。ユリカは今ならばもう少し奥行きのあるキャラとして描けたかもしれない。当時は演出側がホンの偽悪的な挑発に気づかず、「ただのバカ」としてしか理解していなかった。そんな人も結構いたしそういう人を導けなかったオレの力不足が歯がゆかった。

放送当時はナデシコを評して「女を知らない連中が作ったアニメ」と面と向かって女性から言われたけれど、今はむしろ、女性から「ユリカ可愛い」と言われたりする。世の流れは不思議なもの。

今、ナデシコに関していい事も悪い事も含めアレコレ述べている人は劇場版以前の、TV放映時のあの、微妙な空気を全く知らない。TVを見ていた人も劇場版を経て、そうした時期はある意味忘れている。それを思うと劇場版を作った意義というものをあらためて実感する。

TVのユリカが可愛いと思えるのは後藤圭二さんのデザインもさる事ながら、桑島法子さんの芝居のおかげだった。ある意味、悪意に満ちたユリカ像を彼女が浄化してくれたというか。ただのバカじゃない、天真爛漫な無邪気さを持った女性としてくわしまwさんは演じてくれた。

「現場はやらされてる」「営業と文芸、それに現場ってバラバラだぁね」そんな環境が崩れる原因の一つはアニメのデジタル化だったのかもしれない。あれで旧来のアレコレなしがらみが崩れた。

しかし、「オレ達、みんなでやってるよな」「充実してるっス」と思ってやってる現場ほど、傍で見てると危なっかしいというのも…よくある話。

真の意味で全員が納得する現場なんてあり得ない。

だから今、監督と呼ばれる人は昔に比べて決断しなければならない事が多い。前向きな事もそうだけど、切り捨てる事も、諦める事も。単純に現場でコンテチェックしてればいいという訳じゃない。演出チーフではなく、「監督」。

デジタル化が一因ってどうして?と問われると具体的直接的な理由をナイスな感じで言えないけれど、「慣れ」や「流れ」で済んでいた事が立ち行かなくなったから、という感じでしょうか。これまた漠然としてますが。

しかし、勘違いされるとアレなんで言っておくと、昨日の一連はあくまでもサトウの周辺でサトウが体験して感じたことだから。ナデシコという作品を大きな目で眺めた場合は異なるように見えるんじゃないかなということ。監督としてナデシコに関わった佐藤竜雄のつぶやきは一部であって全体じゃない。

ナデシコは不思議な作品で色んな方が色んな感じ方をしてくれていたんだなあと今でも思う。だって当時でも「監督はそう言ってるけどそんな事実はありませんよ」と言われることはかなりあった。今に至るまで正史はないのだ。

だから昔から「○○の言っていることはウソだ」「監督がねつ造している」みたいな事ばかり言われてきてたから、結構慣れた(笑)。何で現場の人間の言葉を捕まえて周辺からわいのわいの言われるんだと思ったけれど、この辺りはエヴァの影響だったんだろうな。

「言えないことは言わない」「言う時はあくまでもオレとオレの周辺で本当だと思う事しか言わない」これはナデシコTV版の頃から心がけている事。昨日つぶやいた事は、当時サトウの知りうる範囲内で体験した事実。しかし他の人から見れば事実ではない、これは当時受けた衝撃。事実がウソ?!

せっかくまとめてくれたTogetterをつらつら読むと、「あー、こうやって昔の事を好き勝手にねじ曲げて」と憤慨する人もいるんじゃないかと思ったり(笑)。いやでも曲げてない曲げてない。それは当時のオレの話であって、監督として従事していた時の正直な話だから。

現場はてんやわんやだったけど、放映されたアニメを実際に楽しんで見てくれている人達も多かった。その一方で「許せん!」と声を上げていた方達も多かったのもまた事実。もし、「正史」というものがあるならば、そうした全ての事を総括したものなんだろうね。

今はすぐにオフィシャルが作品をイメージコントロールしているのは、昔のこういう混沌とした猥雑さを嫌がる傾向があるからなのかも。コンペイトウみたいなアニメは結構消耗するのだ(笑)。でもその分、胆力はついたかも。

TV版ではアキトはゴタゴタにまみれたゲキ・ガンガーをいったんは否定したけれど、自分の感じた思いを信じて「受け入れた」。そういうフトコロの深い作品を作りたいですね、これからも。

seitenhyohyo 2010/09/20 10:07:41